1月2日4時半起床。もうひとつの箱根駅伝ともいうべく私の長い2日間が始まった。
7時前にはスタート地である大手町読売新聞社前に到着したが、既に多くの関係者や報道陣、ファンで涌いていた。気温1.6度。セーター2枚重ね、カイロ3枚貼り、ズボンの下にはタイツ、仕上げに分厚いコート、この完全防備は正解であった。もちろんスニーカーにリュックサックで追っかけ体勢も万全だ。私は物心ついたときからテレビで箱根駅伝を見ていたのだが、ナマで観戦するのは今回が初めてでとにかくワクワクしていた。「スタート1分前ー!」の声でカメラをかまえる手が震えた。いよいよだ。緊張のスタート合図と共に選手が一斉に飛び出していった。
続いて2区を京急沿線の戸部駅、3区を藤沢駅付近で観戦。4区は諦めて5区芦ノ湖へ向かった。途中、山道を登るタクシーで酔ったりしたっけ…でも降りたらコロッとよくなったのでご安心を。快晴の青空に雪でキラキラと輝く富士山、この絶景にますます気持ちも高ぶった。ゴールまで残り1km地点で選手を待った。トップの選手の姿が見えたとき、朝大手町で見送った襷が人間の足だけでここまで来たということに素直に感動した。懸命に走る選手の息づかいや肌の紅潮を実感し、この臨場感がなんともたまらないものだった。また、選手に声援を送るファンも皆イキイキとしていてよかった。
1月3日8時半、箱根湯本駅にて6区山下りの選手を応援。電車の乗り換えに走り、満員の東海道線にゆられながらなんとか大磯で7区観戦。8区藤沢は駅から600m走! これはとても辛かった。でも途中で止まってしまったらトップの選手を見逃してしまうかもしれない。私だって負けないんだから!
と元陸上部(はるか昔)の意地をかけて爆走した。9区も往路と同じく京急沿線の戸部駅で観戦。ちょうどシード権争いが白熱している頃だったが、地下鉄移動の為ラジオ放送がとだえ、もどかしい思いをした。そうして再び大手町へと帰ってきた訳だが、沿道の人の数は予想以上に多く圧倒された。それにしても10区を走るランナーはなんて幸せなんだろう。幸せに感じるのは満足のいく結果で帰ってきた選手だけかもしれないが、最後の広い直線道路には遮るものは何もなく、あの四重にも五重にもなる大観衆を独り占めできるのだ。俗にチョー気持ちい!
とはこのことか。
こうして箱根駅伝の追っかけをしてみて、テレビ観戦では味わうことのできない多くの発見があった。各大学のランナーを応援した後には後ろの車に控える監督やコーチの表情がうかがえる。移動の電車では応援にまわる各大学の部員に出会うこともできる。ファンの人との情報交換など、交流も楽しかった。そしていつしか自分も箱根駅伝に参加している気分になっていた。私は3区コースの近くに住んでいたこともあって、大学生になったら箱根駅伝に直接関わりたいと思っていた。現実には学部で大学を選んでしまった為、箱根駅伝とは無関係の大学に進学し、その夢は諦めていたが、直接でなくてもこうして関わってみて夢が実現した気さえしている。それにこんなに多くの大学の応援団を一気に見ることができてしまう行事が他にあるだろうか。伝統と若さのあふれる箱根駅伝、是非皆さんにもナマで体験して頂きたい。
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第81回箱根駅伝公式サイト
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