様々な銘柄のお酒が並ぶディスカウントストア。そこは多くの飲料メーカーの戦場だ。季節ごとに発売される様々な商品をいかに売り出すか。一つの売り場を奪い合い、担当者の熾烈な営業合戦が繰り広げられる。
バーベルクラブOB・三枝康志さんも、そんな世界の中で闘う営業マンの一人だ。毎日店舗を駆け回り、『どうすれば商品を買ってもらえるのか』常に格闘し続けている。
「お酒は、差がつきにくい商品なんです。相当詳しい人でなければ、どのメーカーの商品かなんてあまり区別がつかないんですよね。だから、僕ら営業の腕が試されているんです。お店側と交渉し、より多くの商品を目立つ場所で販売してもらう。選挙に例えれば『浮動票』を持つ投票者を取り込むようなもの。営業の力で、消費者の心をいかに掴むか。これが重要なんですね。」
絶えず移り変わる商品に、買い手の趣向。自ら売り場に出向き、消費者の声に耳を傾ける。そんな仕事だからこそ、積極的なコミュニケーション能力が欠かせない、と三枝さんは語る。
「当然仕事上では様々な人を相手にしますから、中には気難しい人もいます。強い口調で苦情を言ってくるお客様もいる。でもそんな時、相手を嫌いになってはいけないんです。どんなに断られたとしても、嫌な言葉を言われたとしても、相手との距離を近づける努力をして自分からその人の心に飛び込んでいく。この仕事では、そのプロセスが最も重要なんですよ。」
今では営業マンとして社会の第一線をひた走る三枝さんだが、彼にもスポーツに打ち込んだ学生時代があった。つらいトレーニングを重ね、理想の肉体を作り上げていく学生の会「早大バーベルクラブ」に彼は所属していた。後にこの仕事に就くきっかけにもなる、あの頃のことを振り返る。
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サントリー株式会社 三枝康志 商学部卒業 在学中は学生の会『早大バーベルクラブ』所属し、
ボディビルディングに打ち込む。
卒業後、サントリー株式会社に入社
現在は、千葉支店にてアルコール飲料の営業に携る
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「僕がこのクラブを始めた、そもそもの理由は『北斗の拳』っていう漫画が大好きだったからなんです。漫画の主人公をケンシロウって言うんですけど、彼はものすごく良い身体をしているんですよね。筋骨隆々で、すごくたくましい。まさに『鋼の肉体』なんですよ。これがすごくカッコ良くて。その主人公に憧れを抱いていたんです。」
そんな時、彼が出会ったのがバーベルクラブだった。ウェイトトレーニングで身体を引き締める、クラブの活動趣旨に憧れた。
早速入部し、活動を始めた三枝さん。しかし、憧れとは程遠いクラブの活動内容に、入部当初はあまり良い印象を覚えなかった、と彼は言う。
「新入生のうちは、先輩に言われた5種目のメニューを黙々とこなすんですけど、最初のうちは、やはりつらいんですよね。男ばかりの環境で華がないし、地下のトレーニング場でひたすらバーベルを握り続ける。
そこまでやって、成果が出れば話は別ですよ。でも1、2週間トレーニングを実践しただけでは、人間の身体って変わらないんですよ。成果は出ないし、毎日毎日、きついトレーニングを繰り返すだけ。『こんなのやっていて意味あるのか』そう感じていました。」
しかしそんな彼の思いとは裏腹に、それから数ヶ月後の夏。この状況は一転する。
「前は全く挙がらなかったバーベルが、挙げられるようになっていたんですよ。しかも、回を重ねるごとに、重量も挙げられる回数も多くなっていくんです。5キロ、10キロと見る見る成長していくのを実感できる。
その時は本当に嬉しかった。『努力次第で自分を変えてゆける。なんて面白いんだ。』って思いましたよ。」
嫌だったトレーニングに、いつしかやりがいを感じている自分。彼はこの時から、バーベルクラブの活動にのめり込んでいったという。
それ以来、三枝さんはバーベルクラブに没頭してきた。厳しいトレーニングを積み重ねた3年間「サークル活動はとても充実したものだった」と彼は振り返る。
しかし、その一方で犠牲にしてきたこともあったという。
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バーベルクラブ時代の三枝さん。(右から2人目)
ボディビルディング大会にて |
「当時はね、学校に来ても講義に出ないで部室やトレーニング室に直行していたんです。だから、授業の単位をいっぱい落としまった。このまま卒業できないんじゃないのか、そう思うほどだったんですよ。」
クラブに集中するあまり「社会出る意識が薄かった」と三枝さん。将来を考えることなど、当時はもってのほかだった。
「卒業できるかどうかの状態ですからね。自分が社会に出てどうするかなんて、全く意識していなかったんですよ。」
しかし3年生の終わりになると、彼にも転機が訪れる。『卒業』の2文字が近づいてきたのだ。遠ざかっていた社会へ出ることへの意識が、突然目の前に姿を現した。
「すごく不安になりましたよ。クラブにばかり熱中してきたので、何から始めればいいのか全くわからなかった。そもそも、これから始めて間にあうのかなぁ、そういう状況だったんです。」人よりもスタートに出遅れた。でも、何をすればいいのか…。刻々と近づいてくる卒業を前に、不安は増す一方だったという。
そんな彼を現在の職業へ突き動かしたのは、ある想いの存在だった。
「学生時代、自分は何をやってきたのだろうか。今まで自分が大切にしてきたことはなんだったのだろう…。ある時、かつての自分自身をそう振り返ってみたんですよ。そうしたら、あることが思い浮んできたんです。それが『食』に関する想いだったんですよ。
身体を大きくするにも減量をするにも、ただ単に運動ばかりしていたのでは成果はでない。厳しいトレーニングをすることと同時に、栄養のバランスを考えること。バーベルクラブで自分は、常にこれを叩き込まれてきたんです。
3時間おきに、高たんぱく・高カロリーの食事を取ること。ジャンクフードは口にしないこと。肉の脂身、トンカツの衣はそぎ落として食べること…。振り返ってみれば実践してきたことは数多かった。
スーパーに行って買い物をするにしても、絶対に裏側の成分表示は確認していましたし、身体に良いという食品の情報は小まめにチェックしていました。食品に対して、人一倍敏感になり、どんな物をどれだけ食べれば、身体に良質な栄養が行くんだろうって、常に考えを巡らせてきたのが、僕の学生生活だったんです。」
そう考えた時、彼はある重要なテーマに気付いた。
「トレーニングに真剣だったあの時も、つらい減量を耐え抜いた大会前も、身体が変わっていくのを実感して、嬉しくなったあの時も常に自分の側にあり、支えてくれていたのが“食”だった。食に関わる事というのが、僕自身のテーマだったんですよ。」
それに気付くと、自分の将来像が現実味を帯びて浮かび上がってきたという。
「社会に出るなら、これまで自分が力を注いできた、食の世界で仕事をしよう。」
彼が将来を決意したのは、まさにこの瞬間だった。
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