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  BIG BEARSからNFLへ 波木健太郎選手インタビュー
波木健太郎選手のプロフィールはこちらへ。

 創部70年目を迎えた早稲田大学米式蹴球部BIG BEARS。2年連続の関東リーグ制覇はならなかったものの、関東の雄としての名は、着実に彼らのものになりつつある。そのBIG BEARSの大黒柱として、一昨年初の甲子園ボウル(東西学生王座決定戦)出場の原動力となったのが、チームの司令塔的存在であるQB(注1)を務める波木健太郎選手(法4)である。3・4年時には2年連続で関東リーグMVPを獲得し、昨年7月のW杯には大学生として唯一の日本代表となるなど、常にトップを走り続けてきた波木選手は、今春「NFL日本人選手第1号」という大きな目標実現に向けての第一歩を踏み出す。そんな波木選手に、BIG BEARSでの経験、更には今後のアメフト選手としての目標など、今の心境を語ってもらった。


最後の関東学生リーグ、そして引退

 2月17日。冬の寒さはすっかりと弱まり、暖かな日差しが顔を覗かせている。午前11時に待ち合わせ場所である高田馬場駅で待っていると、人ごみの中をこちらへ向かって歩いてくる波木選手を発見する。彼の大きな身体は、遠くからでも見つけることができる程、存在感がある。初めてお会いする学生NO.1プレーヤーの取材を控え、緊張気味な私であったが、想像以上に陽気で笑顔の絶えない波木選手の姿に、私はすぐに親近感を抱いた。「学生時代はグラウンドのある東伏見が生活の拠点で、高田馬場はあまり来なかった」という波木選手を連れ、閑静な裏通りに位置するカフェにて、取材を開始した。まず始めに、関東リーグプレイオフでの敗退(この試合の模様はこちら)、そして引退について、語ってもらった。

QB 波木健太郎選手。
QB 波木健太郎選手

 「プレイオフでの敗退は、本当に悔しかったです。去年、創部してから初めて甲子園ボウルに出場したんですけど、立命館に完敗してしまいました。だから、今年こそは立命館を倒して、全国制覇を果たすという目標があったので。(準決勝で敗退した)東海大には今まで相性が良く、勝つ自信もあったのですが、予想以上に接戦になりました。最後の一秒に自分のプレーで8点差を挽回し、延長戦に持ち込んだものの、最後は自分がインターセプトされて(その裏の攻撃でフィールドゴールを決められて)負けたので、試合が終わってしばらくは、凄く複雑な感情でした。打倒立命館はできなくなってしまったけど、負けは負けで認めないといけないと言ったような、色々な感情が入り混じって…。引退した時は、凄く寂しかったですね。アメフトに明け暮れた毎日だったので、その日々を共に過ごした仲間とはもうプレーできなくなるのかと思うと、何とも言えない気持でした。(他の仲間と違い)僕はまだアメフトを続けられるという点で恵まれてはいますけど、今はまだ新しい所属先も決まってないですし。そう言った意味でも、BIG BEARSの一員じゃなくなったっていう事は本当に寂しいですね」

BIG BEARSでの4年間

 駒場学園時代よりアメフトを始め、3年時には高校選手権で準優勝を果たす。高校時代から高い評価を得ていた波木選手は、もともと早稲田に入学するつもりはなかったと言う。

OLの要、#77村井新主将と。
OLの要、#77村井新主将と。

 「本当は法政に行きたかったんですよ。当時の法政は本当に強かったけど、それでも関西の立命館には勝てていなかったので、自分が入って関西に勝てるチームにしようと思っていました。でも色々な事情があって行けなくなってしまい、早稲田を受験しました。当時の早稲田にはアメフトのスポーツ推薦がなかった為、自己推薦で受けるしかなかったので、受験勉強もしなければならず、大変でした。面接でもアメフトの事さえ言っていれば良いと思ったのですが、法律について聞かれたりして、何も答えられなかったです(笑)」

 こうして早稲田大学に入学した波木選手。しかし、推薦入試で優れた選手を多く獲得している他の強豪校と異なり、BIG BEARSでは選手の半分が未経験者だ。高校時代から活躍していた波木選手の目には、当時のBIG BEARSはどのように映ったのだろうか。

チーム一丸となって戦うBIG BEARS。
チーム一丸となって戦うBIG BEARS。

 「入学前から聞いていましたが、その現状には正直驚きました。大学1年なのに基礎からやっているわけですから。でも、経験者の自分が強くしてやるという思いで、日々練習に臨んできました。未経験者も短期間で学ぶことが多くあって大変だったと思いますが、その中でも2年からスターターをとった選手もいて、徐々にうまくまとまっていきました。今では、このチームは未経験の選手なくして成り立たないと思っています。なかなか推薦で選手を入れてもらえない状況で戦うのは凄く厳しいことですけど、その大変な状 況の中でも推薦で何人も選手を入れている大学に勝ったり、良い結果を残せたりすると、普通以上に凄く嬉しかったです。高校時代も強い所にいて、今までそういう気持を味わった事がなかったので、このチームで3・4年時に良い結果を残せた事は、自分にとって本当に良い経験だったと思います」
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(TEXT=齋藤美穂、PHOTO=早稲田大学米式蹴球部提供、田村拓実)

 

 


 
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