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SJたちの経歴

後藤氏の書いた記事はよく目にするが、後藤氏自身についてはあまり多く知られていない。また、数多くいるSJたちも同様である。果たして後藤氏はどういう経緯で、現在の活動をするようになったのか。また他のSJはどうなのか。後藤氏がそんな素朴な疑問に答える。


サッカーを見ることは趣味です

  

この雑誌から後藤氏のSJ人生が始まった(写真は現在のもの)




 今フリーランスのSJといわれている人は、一体どういう経歴でそういう職業に就くようになったのでしょうか。まず、私の経歴をお話します。このパンフレットにも書いてありますし、先程紹介がありましたけれど、私の場合珍しいのは、元々どこかの新聞とか雑誌でそういう仕事をしていたのではないという点です。元々私の場合はサッカーを見るということが、子供時代からの趣味だったわけです。今の仕事をやる前は、サッカーを見れなくなると嫌なので、大学院にいったり、フリーの研究所の研究員とか、そういう時間が自由になる仕事を探し回ってやっていました。

 最初にお金を頂いてサッカーの記事を書いたのが、18年前の1982年スペインW杯の時です。『朝日ジャーナル』(現AERA)という雑誌に「サッカー熱に凝縮される国民性と気質」という、各国の国民性とサッカースタイルについての記事を書きました。

 昔はサッカーの雑誌というと『サッカーマガジン』とか『イレブン』とかありましたけど、みんな月刊でした。また、それ以外の普通の雑誌でサッカーのことが取り上げられるっていうのは非常に少なかった。そうしますと、SJなんていう職業は成り立ちません。記事を書く場がないわけですから。ですから、フリーランスのSJなんていう職業は当時存在しないし、全く想像もできないことでした。

 それで、定期的にサッカーの記事を書くようになったのが、1988年『ストライカー』(学研)という雑誌で連載が始まってからです(現在のタイトルは「タイムアップを待ちながら」)。その後は、皆さんご承知のように、1993年にJリーグができ、日本代表がW杯に挑戦するという時代になりました。その前後から雑誌の数が増えて、サッカー誌が一番多い時には20誌近くありました。それから一般の雑誌でも、サッカーのことを非常に取り上げてくれるようになった。そうして、サッカーの原稿の依頼がどんどん増えていったんです。

 当時私は横浜にある「アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター」という、アメリカの大学院生が日本のことを学ぶ学校で講師をしていました。住んでいるのは今もそうですし当時もそうですが、練馬の上石神井で、そこから桜木町まで毎朝通っていました。でも、サッカーの記事を書く仕事がどんどん増えまして、一番ひどいときは満員電車の中で、立ったまんまワープロを持って原稿を打っていたこともありました。さすがに体がもたないと思いまして、その仕事は辞めて、1995年にサッカー専門になりました。そういう意味で私は古いジャーナリストというわけではありません。

 私にとって、サッカーを見て、サッカーのことを考えて、サッカーのことを語って、サッカーのことを書くというのは、SJになる以前も同じことをやっていたわけです。なにが違うかっていうと、昔は私が言ったり書いたりしたものを聞いたり読んだりする人はせいぜい数十人だったのが、今は雑誌とか本とかあるいはテレビなどを通じて、それが非常に多くなった。ただそれだけのことです。以上が私がSJになった経歴みたいなものです。


他のSJの経歴

 じゃあ、他のフリーランスのライターというのはどういう経歴を持っているのだろうかというと、ほとんどが新聞記者か、雑誌の編集者出身です。新聞のサッカー担当で同時に『サッカーマガジン』などでも記事を書いている。それで、サッカーの記事の仕事が増えていって、新聞社を辞め、フリーになったという人がいます。

 それから若いサッカー専門誌の編集者が独立するケースも非常に多いです。あとはサッカー以外のジャンルの、フリーのライターの人で、自分もサッカーが好きだからサッカーもやろうという人もいます。

 ただ、さっきSJが少なく見積もっても20〜30人はいるだろうと言いましたが、サッカーの仕事だけで生活をしている人って、ほとんどいないと思います。サッカー以外の仕事もしている人がほとんどです。そういう風な経歴で皆さんSJをしているわけです。




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原稿は後藤健生氏の許可を得て掲載しています。