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早稲田と松本
「ずっとあこがれだった」。小学校の時、ラグビーをしていた父親の影響でラグビーに興味を持ったときからあこがれていた、早稲田の赤黒のジャージー。全国区ではないが、高校もラグビーで選んだ。ずっとラグビーを考えてきた。松本は2年間の浪人を経て、念願の早稲田に入学。
厳しい練習、遠い家・・・・・・。部の仕事も忙しく、「新人練習では泣いたからね・・・・・・、水係りは早くにグラウンドにいなくてはいけなくて・・・・・・」。松本の口から語られる部での話しには、大変だ、という話が多い。しかしうらやましくなるほど口をついて言葉が出てくる。聞き方によっては楽しそうにさえ感じられる、つい先日の話ではそんな風に感じた。
早稲田へのあこがれ。それだけが理由ではない。松本は今、ラグビーをプレー出来ない。4年間で5回という手術の数。「ゼンマ(全身麻酔)の数なら部内一」というほどケガが重なり、今年度のはじめに鎖骨を切除した。「(入院から)グラウンドに戻ってきて、つらい練習さえうらやましく思えた。やればつらいんだけどね」。
そんな松本は仲間のために、今は「インテリジェンスパネル」として活躍している。相手を偵察し、対策を立てる役目だ。「やりがいはあるね」というように、今の仕事の楽しさと難しさを、生き生きと語ってくれた。依然からあったスクラムの分析を頼む声と、ケガでしょげていた松本への江原主将の一言で役目を受けた。今は他大学の試合に奔走し、寮にある「画面が大きくて目がチカチカする」分析用の画面で、相手チームを研究している。
「たとえば審判によって笛の吹き方などのタイミングも違う。スクラムはその影響を一番受けるので、そういった部分の分析と、それを練習に生かすことも必要」。敗れはしたが、帝京大戦では分析を行って組んだスクラムで、出場した選手からは「スクラムトライも取れたのに」という自信のあふれる声が試合後聞かれたという。
グラウンドに戻ってきたとき、「居場所のない思いをした」という松本。しかし早稲田へのあこがれ、夢、仲間の存在、たび重なるケガにも負けずに励んできた練習。松本はまた、確固たる役目と自信をもって、大変でも楽しい大学最後のシーズンを戦っている。
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